スピード違反の演奏

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 オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラという楽団があります。

 何かフランス語のようにも聞こえますが、日本語で書くと大阪市吹奏楽団となります。

 もともと大阪市に所属する吹奏楽団で、大阪市音楽団という名称で親しまれてきましたが、数年前に市の行政改革の一環で自治体丸抱え楽団ではなくなり、民営化されて社団法人となりました。しかし「市音」として親しまれてきた伝統を引き継ぐため、「シオン」として名前を残しています。

 

 私は大阪出身ではありませんが、縁があってこの吹奏楽団の応援団入っています。

 

 ここで、音楽における指揮者の存在の大きさを改めて感じさせられたことがあります。

 

 民営化が決まったとき、これから世間の荒波と闘っていかなければならない音楽団を激励するためのコンサートが開かれました。といっても演奏するのは音楽団側で私たちはそれを聴きにいくのですが、とにかくファンは集まろうというイベントでした。

 

 私は湘南に住んでいるのですが、ファンクラブのメンバーとして大阪まで出かけ、会場の準備やお客様の案内などに当たっていました。

 

 5月の大阪城公園野外音楽堂です。

 

 ステージでは音楽団がリハーサルを繰り返していました。

 この激励会を企画して呼びかけたのは、音楽家の宮川彬さんでしたが、リハーサルはイベントを企画する事務所の担当者が指揮棒を振っていました。

 

 そこでブラスバンドの定番曲であるアルフレッド・リードの「アルメニアンダンス」を何回もリハーサルで演奏しているのですが、これが横で作業をしながら聴いていても、「アレッ?」という演奏なのです。

 

 「市音って、こんなに下手くそだったっけ?」と思うほどで、これほどかったるい「アルメニアンダンス」は聴いたことが無い、これじゃぁ高校のブラスバンドに負けてる・・・という思いで聴いていました。

 

 さて本番が始まり、満員どころか立ち見でもなかなか見えないほどお客様が入場し、凄い熱気に包まれました。

 

 発起人の宮川彬さんが現れ、軽妙なトークで笑わせたりしんみりさせたりしながらのコンサートが始まりました。

 

 宮川さんの指揮で実際に演奏が始まってみると、大阪市音本来の実力を発揮し始め、「さすが・・」と思いながら聴いていましたが、途中で宮川彬さんがとんでもないことを言い始めたのです。

 

 サプライズゲストとして佐渡豊さんが来た、というのです。

 

 当の佐渡豊さんが満場の大喝采に迎えられて現れ、ステージで宮川さんと大阪市音との関係について語り始めました。

 バーンスタインに弟子入りする前、まだ名前が知られていない若い頃に大阪市音を振ったことがあって、とても印象に残っているのだそうです。

 

 そして、特別に一曲振ることになり、そこで指揮台に上って始めた曲が「アルメニアンダンス」だったのです。

 

 ここで大阪市音楽団は一瞬にして別物になりました。

 リハーサルでトロトロとだるい演奏をしていた楽団とは思えない、凄まじいパワーを爆発させ始めたのです。

 それは佐渡豊さんの指揮棒の動きが全く違っていたからだと思います。

 佐渡さんは開演直前に到着したので、リハーサルを振っていません。

 しかし、音楽団はさすがにプロなので、佐渡さんの思いが瞬間に伝わったのでしょう。

 

 佐渡さんの指揮は、これほど荒っぽい指揮があっていいのかと思うような指揮で、それまでに聴いたどの「アルメニアンダンス」よりもアップテンポで、「アルメニアンダンスってこんな曲だっけ?」と思うような引っ張り方です。

 例えて言えば、40キロ制限の道を100キロで飛ばしているような演奏なのです。

 音楽団にとってもあのテンポで演奏したことはかつてなかったでしょうが、指揮者の思いをそのまま見事に音にしています。プロとはそういうものかと改めて思いました。

 

 演奏している楽団員の感極まった思いはステージの下まで伝わってきます。

 パーカッションの女性などは遠目にもワンワン泣きながら叩いているのが分かります。

 

 聴いている方もグイグイと引きずり込まれ、終わった瞬間に爆発的な拍手が起こりました。

  同じ曲でも指揮者が変わるとここまで変わるのかと愕然とするような思いで知った瞬間でした。

 

 それ以降、同じ曲を同じオーケストラが違う指揮者で演奏しているCDの聴き比べに関心を持っています。

 

 昔からベームカラヤンの対比などは興味深いとは思っていましたが、この「アルメニアンダンス」以降、音楽の聴き方が少し変わったようにも思えます。

 

 皆様も是非一度、このような聴き方をされることをお薦めします。

 思わぬ発見があって、世界が広がるような思いをします。

 

 ちなみに、私たちが呆気にとられた「アルメニアンダンス」はYouTubeに投稿されています。手持ちカメラでの撮影らしく映像としては良くありませんし、音も良くないのですが、臨場感だけは伝わってきます。

 

 https://www.youtube.com/watch?v=FvX8NeY97II